現在、晩婚化の進展等により不妊治療を受ける患者が増加しています。我が国では、2017 年に 56,617 人が生殖補助医療(Assisted Reproduction Technology: ART)により誕生しています[i]。同年の出生数は94万6146人であるので、約16人に1人が体外受精で生まれたことになります[ii]。 ARTとは、体外受精・顕微授精・卵子や胚の凍結保存・新鮮胚移植・凍結胚移植等の技術を用いた治療のことを指し、2018年の治療件数は45万4893件と過去最多を更新しています。さらに、日本にとどまらず、米国における体外授精症例数も近年顕著に増加しており、2018年には28万件以上に上っています。
不妊治療は、以下の5種類に分けられます。ホルモン療法、タイミング療法、人工授精(Artificial Insemination of Husband:AIH)、体外受精(In Vitro Fertilization:IVF)、顕微授精(Intracytoplasmic sperm injection:ICSI)の5つで、ARTに含まれるのは体外受精と顕微授精の2つです。このような妊娠率を高めるための不妊治療の技術について解説します。
不妊治療の一般的な流れとしては、まず男女ともに血液や超音波で不妊の原因を調べる検査を行います。その結果、精管閉塞や子宮内膜症といった病気が見つかった場合は、手術や薬で治療していきます。病気が見つからなかった場合は、授精を補助する治療を段階的に実施します。排卵日を予測し妊娠率の高い時期を指導する「タイミング療法」、子宮に直接精子を注入する「人工授精」、精子と卵子を体外で授精させて子宮に戻す「体外受精」の順に行っていきます。
また、これらの一般的な不妊治療やARTによって胚が確認できたとしても、きちんと着床しないことには意味がありません。胚移植が上手く行かなかったり、流産を繰り返す場合には、胚の一部を解析することで遺伝子や染色体の異常の有無を調べるのが「遺伝子検査」です。遺伝子検査は大きく分けて2種類あり、着床前の胚を対象に検査する着床前診断(Preimplantation Genetic Testing:PGT)と着床後に胎児の遺伝子を検査する出生前診断に分けられます。着床前診断は、着床前の胚を調べることでその胚の疾患や異常の有無を確認できますが、胚の一部の細胞を採取する必要があるため侵襲的であり、胚の損傷のリスクを伴う検査です。
一方で、出生前診断の中でもとりわけ新型出生前診断(non-invasive prenatal genetic testing:NIPT)は、採血のみでDNA断片を分析することができるため、非侵襲的な検査が可能です。しかしこれは確定検査ではないため、結局のところ別途検査が必要になってしまうというデメリットがあります。これによって患者の身体的・経済的負担が増大しています。
今後も少子化が続く我が国において、不妊治療はいまや5.5組に1組の夫婦が経験していると言われるほど一般的な治療になりつつあります。しかし、不妊治療では患者の経済的負担が大きいことが大きな問題点として挙げられます。そこで保険適用の拡大といった、経済面など治療を受ける患者に対する負担の軽減に注目が集まっています。
上記に挙げた5段階の不妊治療のうち、現在の保険適用の対象は検査と病気の治療、タイミング療法までとなっています。保険が適用されない人工授精にかかる費用の目安は1回(1周期)の治療で1万~5万円、体外受精は30万~100万円超と高額です。さらに一度では受精や着床が成功せず、何度も繰り返し治療を行うことになればさらに負担が重くなる場合もあります。体外受精や顕微授精などは国の助成対象となっていますが、夫婦の所得制限や治療開始時の妻の年齢が43歳未満との条件(新型コロナウイルス感染拡大の影響を踏まえ、現在は一時的に緩和)があり、助成を受けられないケースも多く見受けられます。
不妊治療患者の経済的負担を削減するために、現在、日本では特定不妊治療費助成制度が運用されており、治療者に対して 経済的負担が軽減される措置がとられています。しかし、それでもなお経済的に治療を断念せざるを得ない患者も多く存在しているのが現状です。また、不妊治療を受けられる施設は限られており、自宅近辺に不妊治療施設が無いために、交通費・宿泊費が必要となるケースも多々あり、継続していく上での経済的負担は治療費以外にもかかることが分かります。
また、晩婚化等の影響により、不妊治療を受ける高齢の患者が多く見受けられます。患者の高齢化が進むと、出産へのリスクも高まっていきます。そこで、不妊治療を受けた患者の妊娠から出産までをサポートするのが、PGTです。 PGTには、PGT-A(Aneuploidies)、PGT-M(Monogenic)、PGT-SR(Structural Rearrangement)の3つのタイプがあります。PGT-Aは胚の染色体数が正常(46,XX/46,XY)であるかどうか、PGT-Mでは特定の遺伝子異常によって起こる遺伝疾患を、さらにPGT-SRでは特定の染色体間で起こる染色体の構造異常を検査します。これらの着床前検査は着床不全や流産を防ぐことが最大の目的です。
さらに、最近では非侵襲的な遺伝子検査にも注目が集まっています。例えば、NIPTは妊婦の血液中に含まれる胎児のDNA断片を分析することで、胎児の特定の染色体疾患を調べることができる検査です。採血のみで胎児のDNA断片を調べられることから、検査による流産/死産のリスクが少ないことが最大のメリットとして挙げられます。
このような技術を利用し、染色体異数性がなく妊娠・出産可能性の高い胚の選別を支援することで、胎児の異常や胚の損傷による流産のリスクが減少し、不妊に悩む患者のQOLの向上に繋がると考えられます。
現在、わが国では晩婚化等の影響により、ARTへの注目が高まっています。それにより、生殖医療技術の進歩も著しく、年々新しい知見が発見され、技術が開発されています。生殖補助医療として、一般的な不妊治療やPGT等の遺伝子検査が注目されていますが、患者の経済的負担が大きいことも問題点として挙げられます。患者の身体的・精神的な負担を軽減するために、今後も非侵襲的な技術や不妊治療の保険適用など、様々な面からのアプローチが求められています。
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