造血幹細胞は全血液細胞を一生涯にわたり供給できる組織幹細胞であるため、造血幹細胞移植による重度の血液疾患や悪性自己免疫疾患の治療が期待されています。造血幹細胞のなかでも長期にわたって自己複製能、多分化能を維持する細胞は長期造血幹細胞(LT-HSC)と定義されており、LT-HSCを移植することで長期的な治療効果が期待されます。
今までLT-HSCを識別するための細胞表面マーカーが数多く提示されてきましたが、いずれの識別法でも細胞に対して蛍光ラベルを標識しています。蛍光ラベルを用いてLT-HSCを識別する場合、細胞を標識するために手間と時間が必要であるため、その分スループットが制限されるという問題が起きます1。また、使用するラベルにより細胞の機能などが変化する可能性が示唆されています2,3。しかし、ラベルフリーで細胞を識別できればスループットが高まるだけでなく、ラベルによる細胞機能の変化を無視することができます。
今回はラベルフリーで細胞を識別するいくつかの方法、それらのメリット・デメリット、ラベルフリー識別技術と弊社技術との融合についてご紹介いたします。
物質に単色光をあてたとき、散乱光の中には入射光の波長とは異なる波長の光が含まれるラマン現象が起こります。入射光と波長が異なる光の散乱強度は微弱であるが、物質の構造に依存して特定波長に特徴的な散乱強度がみられるため、物質の特定などに応用されます。このようにラマン現象によって生じた入射光と異なる波長をもつ光の強度を利用して物質特性を評価する方法がラマン分光法です。
ラマン分光法では核酸、タンパク質、脂質、糖質はそれぞれ特定の波長にピークを示し、これらのピーク強度は細胞の種類に依存するためラマン分光法によって細胞種を特定することも可能です4。実際にラマン分光法を応用してマウスのLT-HSCを識別できるという報告もあります5。
近年はAI技術が発展しており、ラベルなしで細胞小器官の構造や細胞周期などを判別することが可能になっています。細胞小器官の構造や細胞周期の情報は細胞に蛍光ラベルを標識して獲得するのが一般的です。しかし、細胞小器官の構造や細胞周期の情報を反映した細胞画像をAIに学習させた場合、ラベルフリーで細胞の情報を獲得できます。
ヒト子宮頸がん由来のHela細胞を用いて細胞などの画像情報をAIで獲得した結果、一部の情報を除き8〜9割以上の正確度で予測できるという報告もあります1。
<メリット>
マウスのLT-HSCとST-HSCを識別できることが報告されているため、ヒトLT-HSCを識別できることも期待されます。マウスLT-HSCとST-HSCはタンパク質や核酸などの細胞構成成分の違いにより識別できたと考えられるため4、どのような細胞構成成分が細胞種によって異なるかを示唆する結果を得ることができます。
<デメリット>
ラマン分光法は前述のとおり散乱強度が弱いことから、細胞に照射する単色光の強度を大きくすることや細胞への単色光の照射時間を長くすることが必要なため、細胞への影響が懸念されます。散乱強度を増強するための技術が開発されていますが、専用基盤が必要でありコストを要するという懸念点もあります。
<メリット>
ラマン分光法によるラベルフリー識別技術に比べて専門機器を必要としないためコストがかからない点や、光を照射することがないため細胞への影響が少ない点が挙げられます。
<デメリット>
AIが予測した情報の正確度が低い場合、その情報は使用できません。また、AIがどのように判定しているのかブラックボックスになっていることがあるため、どのように判定しているのか明確にする必要があります。
当社は、重度の血液疾患や悪性自己免疫疾患の長期治療効果が期待されるLT-HSCの単離技術およびLT-HSCを生体外で増幅させる培養技術の開発に取り組んでいます。
加えて、当社はAI技術開発にも注力しており、上述のような画像認識AIを用い、ラベルフリーでの細胞の識別可否を検証しています。その結果、画像認識AIを用いてマウスのLT-HSCを含む様々な分化状態の造血細胞を9割以上の正確度で識別できました。今後はヒト細胞でも同様の結果が得られるか検証予定です。
現在、LT-HSCを識別するためにはラベルを標識する必要があるため、細胞への影響が懸念されるうえ、スループットが制限されています。しかし、ラベルフリーで細胞を識別できれば、細胞への影響を最小限にするだけでなくスループットが高まることが期待されます。ラベルフリーでの細胞識別法はいくつか存在し、その中でAIを用いた細胞識別法は弊社でも取り組み、マウスLT-HSCを高い正確度で識別できました。
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